80代おばあちゃんの愛犬・マリーカのお部屋💕

80代おばあちゃんの愛娘との奮闘記💕

ライオンエルザの続き、

人間と動物の間には、精神性という点で、超えることができない壁があるとの差別感が克服されることものもなかった。
ところが、エルザの物語は、その様な動物観が人間の偏狭な思い込みに過ぎないことを壮大な野外実験によって立証された。

エルザとジョイの間には、人間の親子のような、信頼関係が築かれたことが証明された。
人間と動物の間にあると考えられていた心理的壁が打ち破られた。

人に育てられて人間と親しくなった動物でも発情期が来ると人間に反抗し、いったん野生へ戻った後は、二度と人間のところへは戻れないと言われ、又、猛獣は血の匂いを嗅ぐと凶暴化すると言われていたが、エルザはその様な定説を覆した事例として世界に大きな衝撃を与えた。
エルザの死は私にとってとっても衝撃的なことだった。
死因を調べるため、検査に出した。その結果、4%の感染だった。
マンゴーバエに刺されて体力が弱っていた場合、これだけの感染でも致命的だと立証された。
このような感染がライオンで発見されたのは初めてだとのこと。
このマンゴーバエは、土の中に卵を産む付け、動物がゴロゴロ寝転んだりすると皮膚に入り込み、うじ虫となって、皮膚の中で成長する。
エルザへジョイがこのうじ虫を取り除こうと何度も試みたが、嫌がって唸り声を上げるのでなかなか取り除くことが出来なかったという。
皮膚の中で成長するので感染した動物は痒かったり痛かったりで大変嫌な気分にさせられたと言っている。

エルザが嫌がってるから取り除けない・・・ではなく、いくら嫌がっても取り除いていれば死ぬことはなかったのに、と思うと、強引に
麻酔を打ってでも、うじ虫を抽出すべきだったと思います。
ど素人のわたしが結果論を見てのことは何とでも言えること。赤血球が破壊され病魔が遠慮なく蝕んでエルザを苦しめた、このマンゴーバエの
憎しみは尋常ではありません。
エルザは3頭の子の母になる彼女の細やかな肉親愛と自然から与えられた英知は、読む者の魂を奪わずにはいられない。
タイムスリップができるのなら、是非エルザに会いたい・・・前回にも記載しましたが、本気でそう思っているのです。
エルザの大ファンではなく、熱狂的なファンがここにいます。
たった5歳で亡くなったエルザ。3匹の子供を残してさぞ辛かったことでしょう。
子供たちはアダムソン夫婦で育てていますが、エルザが亡くなってからは野生に目覚めたらしく、安全な地域で野生ライオンとして生きていったとのこと。
時々、アダムソン夫婦はその後の成長振りを心配し会いに行っていたが、最後はいくら探しても彼らを見ることができなかったらしい。
今は、「いとしのピッパ」の上下巻と「さようならピッパ」を読んでいる。
これは、ジョイが、チーターの赤ちゃんを育てて野生に返したノンフィクション。
その子が子供を産んでもライオンとかハイエナに殺されてしまう子が多く成獣にまで生き残れる数は10分の1と言う驚くべき報告が残されていたのには驚きで悲しみを覚えました。
弱肉強食とは言え、野生の世界は厳しいです。
野生でなくても飼い主がいない犬猫は、ほとんど5歳未満で死んでしまうと言う。
溜息ばかりが出ます。

続、エルザに関してと、その当時流行した音楽。

前回、続きな明日・・・などと締めていながら、随分と日が経ってしまいました😢
ノンフィクションの「エルザ」に関しては、正直これでもか!これでもか!とも言えるほどに興味を持つようになったと言うことは、これまでの生涯に置いて珍しいことです。
さて、続きを書かなくちゃ!
ジョイアダムスソン著者「野生のエルザ」の本を読んでの考察と感想と述べようと思います。
人間と動物の間には、精神性という点で超えることができない壁があるとの差別感が克服されることもなかった。
ところが、エルザの物語は、その様な動物観が人間の偏狭な思い込みに過ぎないことを壮大な野外実験によって立証された。
エルザとジョイの間には、人間の親子の様な信頼関係が築かれたことが証明され、人間と動物の間にあると考えられていた心理的壁が打ち破られた。
そして、
人に育てられて人間と親しくなった動物でも発情期が来ると人間に反抗し、いったん野生へ戻った後は二度と人間の所へは戻れないと言われ、また、猛獣は血の匂いを嗅ぐと狂暴化すると言われていたが、エルザはその様な定説を覆した事例として世界に大きな衝撃を与えたのだった。

映画では【Born Free】と言う題材だった、そして素晴らしい曲を大昔に聴いたメロディーが脳裏に焼き付いていて、とっても懐かしさを感じた。
ところで、この【Born Free】は聖書使徒行伝22章28節の記述に基づいており「自由の身に生まれて」の意味。
野生動物は人間と同様、この地球上で自由に生きるようにと神から祝福されて生まれてくるとの意味がこめられた表題である。
この曲を聴いて涙が止まらなかったのは、エルザが余りにも可愛いいだけでなく、素晴らしいライオンだったからなのでしょう。
何十年経っても曲とか歌詞は忘れないもんですね。
私が小学生、兄貴が高校生の時、ハワイアンのバンドを組んで実家で練習していたのに感化され、ウクレレを教えてもらったのだが、すぐコードを覚えたのですっかりウクレレの虜になってしまった。
ハワイアンではないけど、「You are my Sunshine ]が最初に覚えた歌詞だった。
ハワイアンは、主にエルビスプレスリーの曲が好きで歌詞の記憶も抜群に早く、兄貴が驚くほどだった。
アハハ・・・年をとるごとに歌詞の記憶に苦労することになったのは言うまでもありません。
未だ英語は学校で習っていなかったので、レコードを聴いて覚えてしまったので、発音が素晴らしいと兄貴に褒められた記憶がある。
そして、兄貴が大学へ進むと、カントリーウエスタンに代わって、兄貴はスチールギターなど弦楽器は他には、ピアノ、バイオリン、マンドリン、フラットマンドリンバンジョー、ベース、ダブルベース・・・etc・・・我が家には
弦楽器が揃っていたので、兄貴は全部制覇できていた。
私はその内ギターに興味を持ったので教えてもらって・・・これがドはまりしカントリーミュージックのレコードを何度も聞いて曲と一緒に歌詞まで覚えてしまったら、もう止まらない止まらない。

その当時ロカビリーが流行していて、兄貴はバイト?でジャズ喫茶でライブしていたので、私たち姉妹もよく通ったものでした。
ロカビリーが流行っていたので、その当時流行した歌手ではエルビスプレスリーを筆頭に、ポールアンカ、ニールセダカ ・・・私なんぞ、これもほとんど、曲と歌詞まで覚えてしまって、高校の謝恩会では、バンド演奏して皆を驚かせたものだった。
英語の先生が私の所に来て「〇〇さん!発音すごくよかったわよ!」Good  Job  と言ったかどうかは?笑

オールディーズのCDは、未だにAVボードにいっぱい並んでいます。
最近は、ライブへ行くこともなくなったけど、同年配の男性がニールセダカの【「Choo choo train 」の歌詞覚えたいなぁ・・・】とひとり言を言っていたのを聞いて「あら~!私歌えるわよ」と言いかけたけど、や~めた!
何故って?私の年は、彼らより一回りも二回りも若いと思われているので驚かせたくないのと、夢を壊したくないのが理由なの。

すごく脱線してしまいましたぁ!
実は今日も、エルザの本とDVDを図書館で借りてきました。
エルザに、ドはまりしてしまったので、他の本を予約していたのに順番を譲ってあげたくらい。
タイムスリップができるのなら、是非エルザに会いたい!会ったらハグさせてもらいたいけど、一見さんはお断りと言われそう笑
エルザちゃんは優しいライオンだけど、人を見て判断するので、ハグさせてもらうには、それなりの彼女への献身的な愛情と信頼がなければ無理に決まっています。

今日はここまで。

昔大ヒットしたライオンエルザの考察。

エルザ物語は、1960年代にイギリスで発表されたのです。
この物語については世界中からいろいろ言われてきた。
大きく分けると、3つに分けられる。
⑴物語としての面白さうあ文学性と言う点で、いわゆる動物文学の立場から見た見解。
⑵ライオンの行動と心理、そして人間と動物との心理的なつながりといった動物行動学や心理学の面から見た
  見解。
⑶人間や動物が持つ生命現象といったものへの哲学的考察と野生生物の保護思想についての論議である。
 他に猛獣の飼育技術から見た考察。

アフリカ型の自然保護区における人と動物のありかたについての考え方。
また、エルザ的飼育とあ銃のリハビリテーション(野生復帰)に関する考察などといった見方もあるが、エルザについて語られるとき、ほとんどの問題は、上にあげた3つの大きな分け方のどれかに入るとみていいようである。
動物文学には、二大分野があるが、エルザはノンフィクション分野、いわゆる実話である。
実話型文学のうちでもエルザは飼育記録の部類に入る。
中でも圧倒的に多いのは、イヌとネコを飼った物語である。
猛獣の飼育については動物園やサーカスでも話題を扱ったものが多いが、エルザの物語の面白さが他に類を見ないと言える主な理由は、猛獣をその生息環境の中で、半ば放し飼いにした記録だということである。

エルザは動物行動学(動物心理学)に立場から見た場合、エルザは大きな問題提起をした。
猛獣は小さいころから飼う人に慣れるが、発情期になると、”反逆‟するということ。
また、どんなに人慣れした猛獣でも血の匂いを嗅ぐと”狂暴化”するとか人間のもとから離れて一旦野生の世界へ
出発した猛獣は二度と人のもとへは帰らないといったことなどである。
さらに、動物には”心”などというものはなく、人と動物が本当に”理解しあう”ことなどあり得ないといった考えもあり、心理とか個性などは人間だけにあてはまるものだという考えが強かった。
しかし、エルザの物語は、これらの従来の定説をことごとく打破してしまった。

この続きは明日。

ライオンの本を読んで。

ブログ書くのって何日目でしょう、何日目ではなく何百目単位だと思うけど、200日目位かな。
おサボリしていたわけではないざますのよ。

本家?のブログにうつつを抜かしていただけでなの。

私の趣味は読書と動物と洋楽。
何かのきっかけがあって「野生のエルザ」なる本とかDVDがあったら見たいなぁ!と。
思い立ったら吉日!
一番最初に手に入ったのが「追憶のエルザ―ライオンと妻とわが生涯」と言う本で出版年が1988年。
著者はジョージアダムソン。
読んで感動したので、次はDVDを見たいと思って手に入れたのが「永遠のエルザ」だった。
読んだり見たりする順序がバラバラなのは、1回本を読めば概要が掴めるからいいだろう・・・位にしか
考えていない安易な気持ちからだった。
本の方は、通り一遍と言ったら怒られそうだけど、無難にこなしているという感じかしら。
次にDVDの「永遠のエルザ」を見た。
エルザ扮するライオンとの出番が少なくてちょっとがっかりした。

これに飽き足らず、本家本元「野生のエルザ」の本、1974年版(文庫本)と2003年版(改訂新版)の2冊と、
DVD[野生のエルザ」を手に入れた。
文庫本の方はかなり古くなった本だが、ジョージの奥方のジョイの著書。
感想から述べると、ジョイの観察力とエルザに対する愛情溢れる言動、慈愛に満ちた感情などが、読者にヒシヒシと
感受するものだった。
私は何十年間本を読み漁っているが、涙涙に暮れた本はこれが初めてだ。
この当時、動物作品でも犬猫ではなく、ライオンと言う野獣を主人公としたノンフィクション作品で世界的に大ヒットしたのはこれが初めてだということ。
本、DVD,映画の主人公であるエルザをどのようなきっかけで迎えることになったのか・・・これがメインテーマだ。

概要からお話しますと、
キャンプから離れた場所に出向いて行ったジョージたち。
ガサガサ音がするので、ふと後ろを見ると、メスライオンが、飛び掛かって来たので、咄嗟に身を守ることを考え、銃を向けたが急所を外れ横腹に命中。
しかし、大けがを負ったライオンは苦しんで死んでいくだろうと考え、後を追うと、流血したライオンが倒れていた。
苦しみもがいていたので、苦しみから解放させるために、とどめを刺すべく銃で撃った。
そのライオンを見たら乳が張っていたそう。
これは近くに乳児がいるのではと思い探すと、3匹の子ライオンがいた。
母親を殺された子ライオンは生きてはいけない。
そして、ジョージアダムソンは、その3匹の子ライオンを育てることにした。
その中で一番小さくておとなしい子、それが後の主人公になる「エルザ」の誕生というわけだ。

今日はここまで。

ストレスを与えず躾するって難しい。

先日、いよいよすごい毛量の毛と毛玉に悩まされていたので、止むを得ずトリミングサロンに出す事にしたのね。

ウチでは大暴れするマリだけど、内弁慶を代名詞にしたようなマリ姫のこと、大きな猫を被って施術させるだろうと踏んでいた。

帰宅したマリ姫は、ご機嫌斜めどころか、ご飯も食べてくれないありさま。

サロンのお姉さん曰く「とっても大人しくお利口さんでしたよ」と。

これは決してセールストークでもなければ社交辞令でもないことは、マリ姫の性格を熟知している私からしたら「正直な言葉」なのだ。

今までいた子達は「ただいま~!」と言って大喜びして帰宅したものだったのに・・・

恐らく、マリ姫の心境は最悪で「よくもまぁ、一人ぼっちであんな所出したわね」と言ったところでしょう。

私が5時間家を空けた時など、やはりご飯は食べないは、帰宅しても知らん顔したり、いくらご機嫌取りして遊んであげても、乗ってこないし・・・

要するにストレスで食欲はなかったり、私に対しての恨みツラミが極限状態まで達した結果の表れだと思うのよね。

ウチの中では自由奔放に振る舞っている反面、お世話されるのが大嫌いで、肉球の間の伸び毛、爪切り、シャンプーなど、これ以上抵抗できないと言うほどの
反撃振りをみせる。

我が家に来たばかりの時は、大人しい子だと思っていたのもつかの間、日増しに本性?を出してきたのだ。

良く言えば嫌なことはNO!と言える、正に自己主張がはっきりしている子(良し悪しは別にして)悪く言えば我慢強くない子。

嫌なことは嫌!と明確に態度に表わす子なので、やり難いことが多々あるのだ。

こんなに、ストレスが溜まるのなら今後トリミングには出せないなぁとしみじみ思った。

人間も同じでストレスが病気の誘引や発病にもつながると言われているので、嫌がることは極力避けてあげなければいけません。

今後は、家でバリカンしたり、爪切りしたり・・・これもストレス溜まるだろうなぁ・・・何もできないと言うことか。

振り返ってみれば、最初の頃爪切りとか肉球の間の毛は大人しくさせてくれたものだったことを思い出した。

我々が、マリ姫に甘く溺愛してしまったことが、本人をわがままな性格にしてしまった要因の結果がこれだと思う。

躾けには、アメとムチとか、心を鬼にしないといけないとかは百も承知してはいるものの、頭ではわかっていても心が追い付いていけないのだ。

何してもアメだけでムチがないから本人を増長させてしまう理由だ。


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こんな無邪気な姿、見せられたらムチ打てる?ムリムリ!

二重犬格?いいえ、分離不安症なの。

我が家の子になって、1年4か月経った今、

この半年で毛量と言い、長さと言い、ゴージャスそのものに変身。

「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」・・・これって、マリ姫のマリ姫による、マリ姫のための故事のような(どこまで親バカなのよ!)


「優雅に歩く宮廷の貴婦人」の名を欲しいままに、蝶よ花よと、この世に生を受け・・・

フフフ・・・夢物語はここまでにしてと。

そうそう!元々ペキニーズは中国の宮廷で飼われていたワンちゃんだけあって、プライドだけはお高いですわよ。



最初の3行までは事実なんだけど、それに伴う毛玉に悩まされていた時期。

ウチ以外の場所を極端に嫌うと言うか、怖くて出られないマリ姫なので、トリミングサロンなどもっての外。

今まで、私がシャンプーしていたが、当然のことながら嫌がることハンパないのよね。

でも、ウチ以外なら大きな猫を被ることは先刻承知済みなので、思い切ってカットに出してみたの。

       ビフォー
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     アフター
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     バックシャン! 
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美容院のお姉さん曰く「と~ってもおとなしくお利口さんでしたよ♪」とのこと、これって
お世辞ではないことは、よ~くわかっているぞよ。


ウチ以外でどんな人格?に豹変したことを聞いても驚かないし想定内のことばかり。

まるで、ジキル&ハイド、ちょっと~!いくら何でも言い過ぎじゃあございませんこと!?

マリちゃんの逆鱗に触れたら、わたくし姫にお仕置きされちゃうからヒミツにしてね。

ところで、どんなお仕置きされるの?はい、顔中ベロンペロンの刑にされちゃいますの。

その刑って、3文字で表すと?

「ま・ず・い」いや!「や・ば・い」だ。

単に「分離不安症」だけなんだから、大目に見てって。

  
先日、遠慮なく照り付ける太陽から一変。
 
入道雲が空を侵食するように埋め尽くしていた。

  おやつ時の3時頃、雷と共にザーザーと雨。
   
落雷音にマリ姫、フリーズ状態。

先代のパトはゴロゴロ音に「怖~い!と言って飛びついてきたっけ。

その前にいた子達は、平然としていて、ともすると、

「ゴロゴロゴロゴロ!うるせえんだよ!」とお怒りの声が、飛んできそうな表情が懐かしい・・・笑

同じペキニーズでも性格と言い、コトのリアクションは真逆。

よく、この犬種は、〇〇〇の性格の傾向があると言われているけど、これはざっくりと言うか、ひとくくりなんでしょうね。

マリちゃんを含めると今まで8ペキ我が子として同居していたけど、全員すべてが見事に異なり、本当に皆ペキニーズなの?って位。

ただ、「ラブラドールレトリバー」とか「ゴールデンレトリバー」は温厚の傾向が高いと言うことは経験上言えるわ。

10年位前の若かりし頃・・・若いって、ん?お散歩コースにゴールデンのA君がいたが、飼い主は、3日に1度しか訪れないのでご飯も3日に1度しかあげないと言う家があったのね。

この家は別宅で(誰も住んでいない)本宅は別の区に住まいを構えていたので、A君の悲惨な現状を知り毎日ご飯をあげに通っていたの。

唯一救いなのは、リードなしで広い敷地に自由に動けること。

最初の出会いなのに、手をペロペロ舐めてくれたりしてすぐに懐いてくれたので、毎日のブラッシングと、ボール投げなどして遊んであげたりしていた。

ある日、私がブラッシングしているとご夫婦が偶然来て、奥さんが私に言った一言「この子欲しければあげますよ」と、いとも簡単に言われた時は驚きで
いっぱいだったわ。

この夫婦はA君に愛情の欠片もないんだと確信したときは、A君が可哀想で可哀想で、涙が出ました。

できるものならA君を我が家の子として幸せにしたい気持ちが大きかったが、なにせ、ゴールデンと言う大型犬を飼うには、それなりの覚悟が必要だ。

その時期、我が家には2ぺきいたと言うことと、家族は、このA君には好意的だったとは言え、大型犬を飼うには責任は当然のこと、環境を整える必要がある。

それに大型犬を飼った経験がないし、その子が老いた時の介護のお世話は、私1人では無理だと言う結論に至ったの。



ある日、敷地は入ると、お水の容器には、緑の苔がビッシリ付着したり、とっても汚れていたので、家に持ち帰りキレイに洗って水を入れて元の場所に戻したの。

容器に苔が付着しているだけでなく、カリカリの中と周辺には鳥の糞らしい白い物がいっぱい散らばっていて、何とネズミまでチョロチョロしているのを見た時は、その不衛生極まりない環境に置かれているA君が哀れで・・・と同時に飼い主に対して怒りがメラメラと湧いてきたものだった。


容器を洗ったことに気が付いた飼い主に、すごい剣幕で罵りられたわ。

私は、飼い主としての責任感のない行動と飼う資格がないことがらを、懇々と連ねてやったものだった。

何年もシャンプーもしてもらってないので、犬独特の匂いが酷かったので、シャンプーに連れてってもいいか問いたら、断られたしまった。

でも、言いたいことを全部ぶちまけたのですっきりしたものの、飼い主にとっては「大きなお世話だ」と逆キレ。

その後、A君の頭に青いリボンが付けてあったり、シャンプーした良い匂いがプ~ンとしたので、飼い主さんは美容院へ出してくれたんだとホッとした。

私は、この年になるまで、犬の飼い方の問題がある家に訪れては対策をお願いしたり、寒空に毛布も敷いてなかったり、ハウスさえもない家には、発泡スチロール

で家を作って持って行ったりした件数20件以上、その中で1軒のみ受け入れてくださった家がありました。

ほとんどの家は「大きなお世話」が常套句。

断られても断られたも同じことをしてしまうって、飼い犬の身になったらやめることなんかできない性分。

A君以外にも2匹ラブがいたけど皆とってもフレンドリーで温厚で可愛い子ばかりだった。

それからと言うものは、ラブとかゴルの代ファンになってしまったので、今でもラブとゴルの犬種に出会うと、ハグさせてもらっている。

飼い主さんは、多分びっくりしていると思うけど、人間より動物の方が関心がある私は、何と思われようと飼い主さんを無視してワンちゃんに即刻アプローチ。

だから、ワン友が多い・・・友ではなく犬だけに興味があるのよね。

大昔から名前を覚えるのが超苦手なので、名前は聞かないことにしている。

でも、相手の人は、ウチのワンちゃんの名前をしっかり憶えていることって記憶力が良いのか、それとも普通のことなのか?

2年も会わなかった女性が、先代のパトを連れてお散歩していたら何やら遠くで「パト君ですよね~!!」と麗しき女性の声が。

2年も前に、2~3回あっただけなのに、何故覚えていてくれるのかと言うことの方が不思議だった。

脱線してしまったけど、犬種によって性格が異なるってことは、結論から言わせてもらうと、ざっくりならあるけど顔が違うように皆性格も違うと言うことね。

日本人は、世界の人から見ると、温厚で親切で真面目として定評があるが、アメリカ人は陽気と言うイメージがある・・・が、隣に住んでいるアメリカ人は、
滅多に笑わないし、決して陽気とは言えない感じよ。

【最後まで諦めない~犬の癌におススメの食事療法【療法食】

我が家に居た、先代のペキニーズのパトリックの死因が肺腺癌であったことを踏まえて。

 今や犬の死因のトップはガンです。

『我が家のワンちゃんは、まだ若いから大丈夫』などと過信している方!過信が悲劇を招く原因でもあるのです。

 

我が家に居たパトを、咳を咳だと言う認識ができていなかったのは大きな誤算だった。

 遡って、過去の様子を手帳に書き記していたことを思い出して読んだ時は既に遅し。

 

ほんの些細な様子の変化を異変とは思わなかったことが最大の過ちであること。

 

 いつも、夜寝る時、ベッドで小さく千切ったおやつを上げるのがルーティーン。

 

 ところが、ある日「キャン!」と言って食べなかった。

思えばその頃から既に恐ろしい病気に罹患していることなど微塵も思わなかったのだ。

 

 パトは、いつもの儀式?を、楽しみにしていたので、どうしたんだろう?と疑問を抱いたことを今も鮮明に記憶している。

 

普段の食事も、あまり食べなくなったので、パト専用のハンバーグ(合挽きミンチのみ)を作ってを与えると完食してくれたものだった。

 

当時は、単に我儘になったものだと思い込んでいたので「好き嫌いばかり言ってはダメよ」などと無慈悲な言葉をかけたことを後々猛省しても後の祭り。

 

咳をしたら、もうその時は手遅れだと言うことを知らされた時はショックで、なぜ異変に気付いてあげられなかったんだと、後悔先に立たず。

うそだ!うそだ!とどん底に突き落とされた気分だった。

 

結局、2か月間1日おきに、肺にシリンジを刺して水を出すしか治療法しかないと説明されていた.。

 

これって、いわゆる延命処置しているだけで治療ではないのだ。

 

あんなに元気だったパトが壊れて行く姿を目の当たりにして、私は何と非力なんだろうと、何もできないでいる自分に苛立った。

 

パトを見る度に辛くって悲しい毎日だったが、奇跡が起こりますようにと何度、神様にお願いしたことか。

どうしてこんなことになっちゃったんだろうと。

この現実が受け止められず、信じられない!『どうか夢でありますように』と本気で祈っていたわ。

 

私のせいでパトにこんな苦しみを味わせてしまったことに自分を攻めて攻めて攻めまくっていた。

 

パトには、いくら謝っても許されることではない。

 

バカな母親でごめんね、パトをこんなに苦しめちゃって・・・と、謝り切れなかった。

 

食べ物でも、私が食べている物を欲しそうなお顔していると、パトにはめっぽう甘い私は、つい与えてしまったバカ親でした。

 

でも、毎回、パトのためを思うと心を鬼にしなければいけないんだと頭では理解していても行動が伴わなかった。

 

辛くて苦しいのは私よりパトだということを考えた時、できることなら代わってあげたいと本気で考えた。

自分よりパトの命の方がだいじなのだ。

私はと言うと、老い先そんなの長くはない、それにいつ死んでも準備はできている。

しかし、私の方が先に死んだら、残されたパトはどうなる?

 

グリーフケアのDrが「ママさんが先に亡くなったら、パト君は喪失感で食べることが出来なくなって死んでしまうと思うわ、これはママさんとパト君が余りにも濃密な関係だったから」と、仰って下さったことが、後々思い出されたものだった。

 

 血液検査、エコー検査などしたが、血液検査でも白血球と赤血球の数値の検査をしてな

 いため、ガンだと特定する時期が遅すぎたようだ。

 ファーストDrは、そのことに気付けなくて最後まで別の病名を告知されていた。

『もう、手の施しようがない、安楽死を・・・』と遠回しに言われ通院を終了させた。

 

 しかし、どうも納得がいかない私達家族は諦め切れないので『とことんあがいてみよう』と疑心暗鬼な気持ちを晴らすため、ガンに詳しいセコンドオピニオンDrに委ねることにした。

 

さて、セコンドオピニオンに賭けてみようと転院したものの、手術をするには、食欲があることが条件だと。

要は、手術に耐えるだけの力(食欲)がないと手術ができないのだと。

その後、

 治療するでもなく、ノラリクラリ無駄に6日間入院していただけ。

食欲がないからと言う理由で、何することなく酸素室に入れられただけで、治療らしい治療はしてもらえずじまいだった。

 

6日間入院したのにも拘わらず1回お肉を少しだけ食べただけだったとか。

「点滴はしてくれなかったんですか?」と質問したら「しませんよ」ですって!

腹が立ったのですぐに強制退院させてもらった。

何のための入院だったのか!

 

結局、ほとんど何の治療もしない6日間、多額の入院費を請求されただけだった。

あの時のパトの6日間は大変貴重な時間だったのに、無駄な6日間どうしてくれるのよ!

返してくれ!と声を大にして言いたかった。

 

 

最愛のパトは家には帰って来れたけど、酸素室に入っていないと生きてはいけない体。

 

「食事はノドに詰まるといけないから与えないように」と腹立つDrに言われていたけど!

 

食べさせなければ死んでしまうではないか!!私は無視して栄養いっぱいのad缶をシリ

 ンジで食べさせたり、お口の粘膜に塗りたくったりして与えていた。

当然食欲ゼロのパトは、拒絶していたが「お願いだから食べて!パト!」と、強

 制給餌するしか方法がなかった。

 

亡くなる前日に、何とお肉を2切れ食べてくれた!すごく嬉しくて「パト!食べてくれ

たの、ありがとう!」と何度もお礼を言った。

もしかしたら、このまんま治ってしまうのではないかなどと、考えたりしたものだった。

 

こんな状態でも、パトを酸素室から出して抱っこしてあげられないことがどんなに心苦しかったことか。

パトだって、何故こんなヘンテコリンな部屋に入れられているのか理解できないでいることが不憫でならなかった。

 

次の日最愛のパトの最期を迎えた時は気が狂いそうなくらい辛くて悲しかった。

 

生まれて来てこんな悲しみ苦しみは初めてのこと。

 

パトは私の唯一の生き甲斐だったから、その喪失感は尋常ではない。

 

動物病院の「グリーフケアは、 喪失と立ち直りの思いとの間で揺れる時. 死別を経験

すると、しらずしらずに亡くなったパトを思い慕う気持ちの中で湧き起こる感情・情緒

に心が占有されそうな自分に気づかされたものだった。

 

「パト君の遺骨とパト2世を連れていらしてください」と言われた時は嬉し涙が止まらなかった。

因みに2世と言うのは(パトに似たぬいぐるみを作ったので、パトだと思って大事に可愛がっている子)

 

その女医先生は、励ますのではなく、心に寄り添ってくれる・・・そんな気持ちが伝わってきて癒され、セッションが終了するまで、涙で終始した。

 

穏やかで笑顔で静かに語りかけてくれる先生に、自然と心が救われる気持ちと癒される気持ちが居心地の良さを感じ取ったものだった。

 

パトの死の1週間前と後、いくつかの謎があったので疑問の解明を臨んだところ、見事に分析してくださったことでモヤモヤが晴れスッキリしたものだった。

セッションが終わって駐車場まで送ってくださり熱い握手と抱擁で「お家に帰ればパト君がいるんじゃないの、ママさんの帰りを待っているわよ」と。

何と言うお言葉なんでしょう!驚きと感動と感謝でいっぱいになり、又々涙涙の物語で終わったのだった。

 

 こうして書いていてもいろいろ思い出され止め止めなく涙が溢れ出て止まらない。

 

「パト!帰って来て!お願い!愛してるよ!」と、写真を見ながら毎日話し掛けている。

天国へ旅立って1年7か月経つけど、未だに諦め切れないでいる。

可愛いけどマリちゃんはマリちゃん、パトはパト、パトは一生涯心の中で生きています。

 

食事と愛情は、ワンちゃんが生きて行く上で一番大切なこと。

ガンを未然に防ぐこともできるのです。

早いうちから下記のような食事を与えていれば、予防ができてもっと長生きできたのにと思うと、もっと早くこの療法食に出会いたかったと残念でなりません。

 

今いるマリちゃんが、パトの二の舞にならないよう、食事には充分気を使ってあげようと痛感しました。

 

 

犬のドッグフード「ガンにおすすめの食事」

【最後まで諦めない~犬の癌におススメの食事療法【療法食】
『臨床栄養学』と『国産無農薬7種キノコ『マクロビオティック』との強力3大コラボの療法食です。